<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク * - * * - * -

木材って…

我が国の文化には儚いもの、命短しもののなかに美を追究するようなところがある。

日本家屋は非常に巧妙で複雑な建築物だけれどもある意味「朽廃」ということを前提にしている。

日本の建築物は始めから一定の歳月が過ぎれば土に還るといった考えで建設されていたようにも思われ、
高い技術を持ちながら石などの材を選択していない。


また、材木という素材は元々が生物であったのでなんともいえない質感と風合をもっている。

ほど良い固さもあり、また軟らかくもあり、寒い時には暖く、
暑い時には涼しく、比重も小さく、美しいという点で視覚効果も高い。

細かいことをいえば他にも湿度調節や消臭といった効果もある。

特に無垢材は素材そのものが切断や切削により形を整えただけで資材となるのでなので
工夫して使えば素晴らしい効果を得ることができる。

我が国では四季という独特の気候変化により育まれる木材が本来豊富ににあり、
はっきりとした年輪を刻んだ、美しく緻密な内地木材は
現在でも三十年以上の歳月をかけて苗木から計画的に生産され続けている。

伐採までの管理を考えると膨大な手間が費やされている。

何万年も前からあった山の原生林に一度でも手を加えてしまった以上、
森林維持の観点からもこれはエンドレスで続けなくてはならない植樹&伐採のサイクルとなっている。
しかもその木材を精密に加工し、組み合わせて建物や家具などの製品にする。

主に現代では高級軸組工法の話になるが、主要構造となる木材を
最終完成形を予想して事前加工するという危険度の高い作業をこなしていく。

技術面の話なので少々解りにくいと思うが、一番始めにしたことが仕上げになってしまう。

つまり失敗は許されないのである。

そういったことの積み重ねが美しい意匠の数寄屋などを生み出して行く。

よく言われる「すっきり・あっさり」は構造材をそのまま仕上げとしていたり、
あらゆる技術を駆使して各部をなるだけ薄く細く見せる工夫をしたり、
一切の追加装飾を廃した「単純化の美学」とでも言うか、
ちょっと切ないような造りは我が国独特である。

しかし実はその中に遊び心をふんだんに配してあったりもするので
少しの知識があれば存分に楽しむことができる。
大昔に失われた一対の五重の塔(二塔)の一方を昭和の時代に復刻した時、
後に材木が痩せ仕口が詰まり、塔の高さが縮まる事を予想して建てたという。

二つの塔が同じ高さになり釣り合いがとれるまで実に数百年かかるという。

本物の日本人の職人とはそこまでの配慮と覚悟を持って仕事に臨んでいる。

しかしこういったトップレベルの話でなくとも予算に応じた「仕事」の追求があってもいいと思う。


それには昔のことに立ち返るのが案外早い方法かもしれない。
現代の木造建築、特に住宅はこの国の気候風土や生活習慣に逆行する要素を含むものが多く
全体像としてなにか本来の目的を見失っている用にも思う。
この傾向を加速させる要因として暮らしの多様化や
所得、物価、都市化といった問題をあげられるとその通りだ。
勿論何もかも元に戻すと前近代的になってしまう。
でも一度、三種の神器が登場する前にたくさんあったそれぞれの地域の
本来の「日本家屋」に返って考えてもらいたい。
そしてそのディティールに隠された知理由(わけ)を知ってほしい。

そこから木造建築で近未来型の「カスタム」を探ってみてはどうか。
本当に満たされたいと思うなら…。
mugennokusari * 大和魂あ(だましいぃ) * 19:52 * comments(0) * trackbacks(0)
このページの先頭へ